美しい国、寺田総務大臣が勝共連合を知らない?

偶然の一致かも

統一教会(統一協会)の初代会長は故・久保木修己(おさみ)氏です。久保木氏は国際勝共連合の初代会長でもありました。世界日報社の会長や世界平和連合の会長なども歴任しています。

7回忌の2004年には久保木氏の遺稿集として「美しい国 日本の使命」と題する単行本が世界日報社から上梓されています。アマゾンでは中古にも関わらず20,743円!というずいぶん強気の値段がついています。

文春新書から故・安倍晋三氏の「美しい国へ」が刊行されたのは2006年7月のようです。当時の安倍氏は小泉内閣の官房長官でした。同年9月の(最初の)首相就任後、内閣官房には「美しい国づくり推進室」が設置されました。

よりによって統一教会(統一協会)からパクったりはしないでしょうから、きっと偶然の一致に違いありません。ちなみに、安倍氏の「美しい国へ」はアマゾンでは中古で142円から購入できるようです。

市民団体が求めていた国葬差し止めの仮処分は東京地裁で却下されています。

寺田総務大臣

今回の内閣改造では、広島5区選出の寺田稔氏が総務大臣で初入閣しています。寺田氏の資金管理団体は2018年、国際勝共連合の会合に会費2万円を支出しているようです。これに対する寺田氏の反応は、統一協会関連とは知らなかったというものでした。

これには納得できません。寺田氏は私より少しお年を召されているだけです。大蔵省主計局に入省した寺田氏がハーバード大に留学したとき、私はまだ学生でした。その頃、私は原理関連と思われるサークルの勧誘を受けたことがあります。学食でした。

そのとき、私が読んでいたのは「噂の真相」です。発売日に読み切ってしまうのが習慣化していましたので、かなり高い確率で10日のはずです。「噂の真相」や「創」を愛読誌としていた私は、「原理研究会=統一教会(統一協会)=勝共連合」の図式を知っていました。

「原理? 原理ならいらないよ」とさっさとサタン認定して頂いて、騙されたふりでついていくということはしませんでした。

学生時代や大蔵官僚時代の寺田氏がその図式を知らずにいたとしてもそれほど不思議ではありません。いわゆる霊感商法がクローズアップされたのは1980年代後半です。ソウル五輪スタジアムでの3万組規模の合同結婚式は1992年です。

寺田氏の初当選は2004年の池田行彦元外相死去に伴う補選です。池田氏の義理の甥に当たるそうです。おそらくは突然の転身だったものと思われます。

保守政治家が知らないはずはない

安倍氏やトランプ前大統領がビデオメッセージを寄せていた「天宙平和連合(UPF)」は2005年の設立です。ここから派生したのが「平和大使協議会」です。今回の件があるまで、これらの団体が統一教会(統一協会)系だと私は知りませんでした。

名前だけ聞いて、私が即座にそっち系と認識するのは原理研究会、世界日報、ワシントン・タイムズ、UPI通信、世界平和教授アカデミー、ハッピーワールド、一和、リトルエンジェルスと国際勝共連合です。あとは日韓トンネルぐらいです。

1991年設立の「世界平和連合(FWP)」や翌1992年設立の「世界平和女性連合(WFWP)」は辛うじて疑いを持つレベルです。「野の花会」というボランティア団体を名前だけで統一教会(統一協会)系だと気づくはずもありません。

勝共連合の設立は統一教会(統一協会)が日本で宗教法人の認証を受けた1964年の4年後です。もう50年以上の歴史を持つ政治団体です。私が40年前から知っていたことを、代議士を15年続けている保守政治家が知らないということがあり得るのでしょうか。ちょっと信じられません。

2万円の会費なら、おそらくは秘書決済なのでしょう。多少気まずくとも「秘書の認識不足、私の管理懈怠は不徳の致すところ」で済む話ではないかと思われます。危機管理対応としてすでに失敗しているようにしか見えません。

隠していると疑われたら、余計に突っつかれることになります。リクルート事件のときは、就任3日で辞任に追い込まれた大臣がいました。あとから出てくると逃げ切れなくなります。

世界日報の副島記者襲撃事件

立憲民主党の岡田元外相や国民民主党の玉木代表などは世界日報を統一教会(統一協会)系と知らなかったそうです。私より若い玉木氏が知らないのはあり得ることかもしれません。

岡田氏は1988年に当時の通産省を退官しており、1990年初当選です。自民党竹下派でした。岡田氏なら勝共連合が統一教会(統一協会)系ということは知っているはずです。世界日報についての「知らなかった」を真に受けていいのかどうか戸惑います。

1990年前後は統一教会(統一協会)が叩かれていた時期です。少しの関心があれば、勝共連合だけでなく世界日報が関連団体だと気づいていいはずです。

1984年6月、世界日報の編集局長を解任された副島氏が帰宅途中の自宅マンション近くで何者かに襲われます。頭部、頸部、上腕部、背中などをメッタ刺しにされて救急搬送、意識が戻ったのは2日後という事件がありました。この事件の1週間後、月刊誌の「文藝春秋」が書店に並びます。

文春には副島氏の書いた暴露記事が掲載されていました。この事件は容疑者が検挙されないまま公訴時効を迎えています。したがって、統一教会(統一協会)もしくは勝共連合が事前に記事の内容を把握して起こした事件かどうかはわかりません。

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