原則と例外
留学生と話しているとき「大地震」について聞かれました。ニュース番組などで能登の地震が「大地震(おおじしん)」と呼ばれています。慣用的には「おお」であって、決して「だい」ではありません。
接頭語としての「大」の読みは、
(1)音読みの前にある場合は「だい」
(2)訓読みの前なら「おお」
が原則です。
「地震」は音読みですので、これに合わせて「だい」と読みたいところですが、例外的に「おお」と読むのが慣用です。明治初期の雑誌に「オホヂシン」のルビが振ってあるのを見たことがあります。昔から「おお」なのです。
NHKサイト(外部リンク1)には、例外に属する「おお」読みとして「大火事」「大御所」「大道具」「大所帯」「大騒動」が例示されています。ほかにも「大掃除」「大袈裟」「大喧嘩」「大時代」などがあります。例外は結構多くて、何か共通項がありそうなものです。
NHKサイトが例示しているように「大騒動」は「おおそうどう」です。これに対して「大混乱」は「だいこんらん」です。「騒動」は江戸期から使われていますが、「混乱」は明治以降と思われます。
ひょっとすると、
(A)江戸以前から使われている言葉の前は「おお」
(B)明治以降に使われ始めた熟語の前なら「だい」
になっているのかもしれないと思ったりもします。私にはそんなイメージがないわけでもありません。ただ「大飢饉」は「だいききん」です。簡単に否定されてしまいました…。
【外部リンク】
(1)NHK放送文化研究所>「大地震」の読み方は?
(2)公益社団法人 日本地震学会>FAQ 1-11. 「大地震」の読み方(2015年9月修正)
巨大地震に大震災
日本地震学会では今は「どちらでもよい」とのスタンスですが(外部リンク2)、もともとが大・中・小の分類であり「微小」もあることから、本来は「だいじしん」派だったものと思われます。
M3未満 | 微小地震 |
M5未満 | 小地震 |
M7未満 | 中地震 |
M7以上 | 大地震 |
今回の能登半島地震はM7.6です。この分類ではちょうど「大地震」に該当します。民放を含めて局アナは「大地震」を「おおじしん」と読むように研修を受けているはずですのでそう読むでしょうが、今回は「だいじしん」でも間違いではありません。
問題は「巨大地震」の言葉がそれなりに定着していることです。厳密な定義はありませんが、おおむねM7.8~8.0以上の地震に対して用いられることが多いようです。
また、「大震災」との表現もあります。さすがに「おおしんさい」とは読みません。「巨大地震」と「大震災」によって、「だい」との親和性が増して、むしろ「おおじしん」に対して違和感を抱いてしまいがちです。映画のタイトルにしても「だいじしん」です。
「大舞台」は歌舞伎や浄瑠璃系統の古典芸能用語としては「おおぶたい」です。ただ、甲子園や箱根が「だいぶたい」と表現されるのはそれほど珍しいわけではありません。古典芸能ではあくまでも「おおぶたい」ですが、ジャンルが異なる場合は「だいぶたい」がNHK的にも許容されています。
同じ古典芸能系の「大時代」は「おおじだい」であり、原義では主に源平時代を指します。否定的な意味合いで「大時代的」として使われることが多く、これを「だいじだい」と読むのは誤読の世界です。
地名の「大」
地名で使われている「大」は圧倒的に「おお」読みです。市区町村名では「おお」65市区町村に対して「だい」6市町村です(ほかに「たい」が3町)。
65 | 大船渡市、大崎市、大館市、常陸大宮市、大田原市、大網白里市、 大野市、大月市、大町市、大垣市、大府市、大津市、大阪市、 泉大津市、東大阪市、大阪狭山市、大田市、大竹市、大洲市、 大牟田市、大川市、大野城市、大村市、大分市、豊後大野市、 大空町、大鰐町、大間町、大槌町、大河原町、大郷町、大衡村、 大潟村、大江町、大石田町、大蔵村、大玉村、大熊町、大洗町、 大泉町、大多喜町、大田区、大島町、大磯町、大井町、大鹿村、 大桑村、大野町、大口町、大治町、大台町、大山崎町、大淀町、 大崎上島町、周防大島町、大豊町、大川村、大月町、大木町、 大任町、大町町、大津町、大崎町、南大隅町、大宜味村 |
9 | 東大和市、大和市、大和高田市、大和郡山市、大樹町、大和町、 大紀町、大刀洗町、大和村 |
6 | 大仙市、大東市、大子町、大山町、南大東村、北大東村 |
字名にしても「大工町」や「大黒町」などの「だい」読みが一部あるものの「おお」が圧倒的多数派です。だからと言って「鹿児島県南さつま市金峰町大坂」を素直に「おおさか」と読むとブーだったりします。
私は、その留学生に「おおじしん」も「だいじしん」もどちらも間違っていないとだけ答えました。
コメント