潮岬は「八丈島とほぼ同緯度」なのだろうか?

潮岬と八丈島は「ほぼ同緯度」なのか?

潮岬と八丈島は「ほぼ同緯度」だそうです。必ずしも同意するものではありませんが、潮岬関係の旅行案内にはなぜか定番めいて登場するキーワードです。

串本は、紀伊山地を背に雄大な太平洋に突き出した本州最南端の町です。
その先端に位置する本州最南端の地、潮岬は北緯33度26分、東経135度46分。これは、東京の八丈島とほぼ同緯度に位置します。

一般社団法人南紀串本観光協会>本州最南端の町 串本

観光協会(↑)が大元で、各旅行サイトがそれをなぞったのだろうと思っていましたが、潮岬と八丈島には浅からぬ縁があるようです。串本海上保安署のPDFがヒットしました。

本州最南端の串本町。北緯33度に位置し、これは八丈島とほぼ同緯度に位置します。

串本海上保安署>本州最南端の地で豊かな海を守る(かいほジャーナル54号)

よくよく考えてみると、潮岬が八丈島と「ほぼ同緯度」であることは、観光業界や旅行業界の発想とは思えません。トリビア的な要素が含まれているとはいえ、潮岬が八丈島と「ほぼ同緯度」であることを強調しても旅行需要を喚起するとは思えないのです。

生死を分ける最後の島

八丈島はそれほど著名な観光スポットではありません。アクセスが空路も海路も東京発着に限られているからです。関西や東海、あるいは北海道や九州在住で八丈島への渡航歴のある人は限られているはずです。八丈島を引き合いに出しても、ピンと来る人は少ないわけです。

首都圏以外から潮岬に観光客を呼び込もうとして、もともと馴染みの薄い八丈島を引っ張り出しても、あまりアピールにはなりません。逆に、八丈島が比較的身近な首都圏在住者をターゲットにしたいなら、八丈島と「ほぼ同緯度」を訴えることは逆効果です。八丈島のほうが時間的には近いのです。

潮岬と八丈島が「ほぼ同緯度」というのは、旅行・観光業界の発想ではなく、船乗りならではの発想と考えるほうが自然です。実際、「同緯度」強調は旅行サイトへの投稿が多いようです。

潮岬と八丈島が「ほぼ同緯度」ということは、地元出身の小説家が書いているそうです。あいにくその小説のタイトルや、いつの時代の著作なのか、そしてどんな言い回しなのかは判明しませんでした。代わりに、和歌山県議会の議事録がヒットしました。

紀州の漁民にとって大きな遭難コースは二つあります。その一つは、黒潮に乗って房総半島方面へ流されるコースであります。これは、千葉県に白浜あるいはまた勝浦という地名があるように、古くから交流もあり、助かる率も比較的高いのでありますが、八丈島方面へ流されるコースは非常に危険であって、八丈島及びその周辺の島々に漂着できなければハワイ行きであり、即、絶望ということでございます。したがって、紀州の漁民にとって八丈島は生死を分ける最後の島となるわけでございます。

和歌山県議会>平成4年2月和歌山県議会定例会会議録 第3号(中村利男議員の質疑及び一般質問)

「同緯度」言説はこれがベースにあるものと思われます。1892年(明治25年)12月、勝浦沖で60数隻に及ぶサンマ漁船団の遭難事故が起きたそうです。749名の出漁者のうち死者・行方不明者が229人という惨事となり、生存者179人が八丈島に、31人が青ヶ島に、19人が御蔵島に漂着したということです。島民は1か月に渡って漂着者に衣食住を提供し、遭難者は無事に帰郷しました。

▲議事録では明治35年になっていますが、2018年に八丈島八重根に建立された「和歌山県民感謝の碑」の碑文では遭難は明治25年です。

遭難が12月28日で漂着は30日ということです。その日の八丈島ではちょうど祭りがあり、提灯の灯りが見えたため灯りに向かって櫓を漕いで辿り着いたというストーリーです。

【外部リンク】
■八丈島のおいしい暮らし>和歌山県民感謝の碑記念式典

串本町・紀伊大島の樫野埼灯台の近くにはトルコ記念館があります。オスマン・トルコ軍艦が座礁沈没した1890年のエルトゥールル号遭難事故では紀伊大島の島民が言葉の通じないトルコ人を救出しています。立場が逆ですが、「八丈島とほぼ同緯度」にはそんな歴史が潜んでいたわけです。

八丈島では佐世保と室戸岬を同緯度認定

歴史的背景は別にして、潮岬と八丈島が「ほぼ同緯度」と言えるかどうかドライに検証してみます。緯度の秒単位は切り捨てました。

16分差33度42分新宮駅
13分差33度39分南紀白浜空港
6分差33度32分高知空港
2分差33度28分大分空港
1分差33度27分アメダス潮岬
33度26分潮岬(クレ崎)
9分差33度17分別府市役所
11分差33度15分室戸岬
12分差33度14分大分市役所
13分差33度13分宇和島市役所
16分差33度10分佐世保市役所
17分差33度09分八丈島北端
20分差33度06分八丈島空港、町役場
24分差33度02分八丈島南端
▲北緯33度台前半

北緯33度付近の緯度1度は93キロ相当ですので、10分ならその6分の1で約15.5キロとなります。どこまでが「ほぼ」なのかは文脈次第ですが、10分あるいは15分以内が私の理解する「ほぼ」の範囲内です。30キロ離れるとさすがに「ほぼ同緯度」とは言えないと私は認識しています。

潮岬が八丈島と「ほぼ同緯度」なのだとすれば、潮岬は新宮や白浜とも「ほぼ同緯度」になってしまいます。まあ、学習用地球儀なら緯度1度は完全の誤差の範囲です。

潮岬
潮岬(地理院タイルを加工)

八丈島は、伊豆諸島の主要な島々の、最南部の島です。東京から南へ287km、太平洋に浮かぶこの島は、長崎県の佐世保や高知県の室戸岬と同緯度にあり、東京都でありながら、鹿児島県を上回る温暖な気候です。

東京都環境局>八丈島の公園の特徴

八丈島サイドからすれば、「同緯度」仲間は佐世保や室戸岬のようです。

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