知床クルーズ船の遭難
連絡が取れない知床遊覧船の捜索活動のニュース映像(ANN、HTB、朝日新聞=4/23)で登場する巡視艇には「PM37」の文字が読み取れます。調べてみると、根室海上保安部所属の「くなしり」です。遭難現場の知床半島西側は水域的には紋別(網走)管轄です。
4/23時点では計5隻で捜索しているということですが、「くなしり」が根室から出港したのだとすると、現場水域への到着は時速60キロでも3時間近くかかってしまいます。最寄りの羅臼保安署には2隻、管轄の網走は1隻が所属しています。
紋別海上保安部 | PM57 | そらち |
網走海上保安署 | PM11 | ゆうばり |
根室海上保安部 | PM37 | くなしり |
根室海上保安部 | PS02 | さろま |
根室海上保安部 | PS08 | かりば |
根室海上保安部 | PC118 | きたぐも |
羅臼海上保安署 | PM15 | てしお |
羅臼海上保安署 | PC120 | かわぎり |
紋別の「そらち」はまだしも、網走に「ゆうばり」、羅臼に「てしお」という配置は派手にミスマッチのような気もしますが、船名が沿岸部の地名とかぶるとそれはそれでややこしくなりそうです。
アメダス宇登呂の観測値(遭難時)
遭難当時は強風波浪注意報が出ていたようです。救助要請の118番は13時15分頃ということです。出港した宇登呂(うとろ)のアメダス観測所は「カシュニの滝」から30キロ近く離れていますが、10分ごとの観測値は次のとおりです。
気温 | 風速 | 風向 | 最大瞬間 | 風向 | |
13:00 | 5.8℃ | 1.7m/s | 北北西 | 5.5m/s | 北 |
13:10 | 5.6℃ | 1.6m/s | 北北西 | 3.6m/s | 北西 |
13:20 | 5.5℃ | 1.7m/s | 北北東 | 4.7m/s | 北北東 |
13:30 | 5.5℃ | 1.3m/s | 南東 | 8.2m/s | 北西 |
13:40 | 5.1℃ | 2.8m/s | 北北西 | 9.3m/s | 北北西 |
13:50 | 5.0℃ | 2.2m/s | 北北西 | 5.7m/s | 北西 |
14:00 | 4.6℃ | 1.8m/s | 南南東 | 5.4m/s | 北 |
14:10 | 4.3℃ | 1.0m/s | 北北西 | 3.3m/s | 西北西 |
14:20 | 4.2℃ | 1.0m/s | 北東 | 5.9m/s | 北北東 |
14:30 | 4.2℃ | 1.0m/s | 東 | 3.3m/s | 北北東 |
14:40 | 4.2℃ | 0.8m/s | 西北西 | 3.1m/s | 東南東 |
14:50 | 4.1℃ | 2.4m/s | 西北西 | 10.2m/s | 北西 |
15:00 | 4.0℃ | 4.5m/s | 西北西 | 10.6m/s | 西北西 |
15:10 | 3.8℃ | 2.7m/s | 西北西 | 8.7m/s | 北北西 |
15:20 | 3.7℃ | 2.5m/s | 西 | 6.6m/s | 西南西 |
この時間帯の降水量はすべてゼロ、日照もゼロです。この天候で出港したのかという報道もありますが、出港予定時刻10:00の時点では平均風速1.6m/s(最大瞬間風速4.3m/s)です。波はともかく風はそれほどでもありません。
3時間クルーズですので到着予定が13:00です。宇登呂で8~9m/sの最大瞬間風速が観測されたのは13:30頃であり、荒れる前に帰って来られるという判断だったものと思われます。
宇登呂では15:00前後に一段と風が強くなっていますので、捜索時の海は荒れていたわけです。報道されている「3mの波」とは15:00前後の話だろうと思われます。出発時刻の10:00に3mの波があれば出航するとは思えません。
ただ、到着予定の13:00にまだ「カシュニの滝」にいたということは、SOSのかなり前からトラブルが起きていたことになるはずです。どうやら昨日(4/23)が今季のクルーズ初日だったようです。船首に亀裂があったということですが、試運転したのかどうかが気になります。
◆【4/27追記】4/22に他社の船とともに知床岬まで往復したようです(無線アンテナの件はスルーしたことになります)。
それにしても、昨日は甲府で30.9℃が観測されているというのに、宇登呂は日中でも5℃前後ですから日本列島は広いもののようです。4月下旬の宇登呂は雪が散らついても不思議ではありません。
カシュニの滝はヒグマと共存する番屋の先
アメダス宇登呂は宇登呂の中心部(ウトロ港)から2キロ以上離れています。周囲は農地です。2014年7月撮影のストビューでを見ると、柵や囲いがありません。
標高は144m、海岸から1キロほどです。遭難現場の「カシュニの滝」付近との位置関係は次のとおりです。
「19号番屋」はヒグマと共存する漁師の番屋として有名です。これより先に道はありません。許可車両以外は番屋の1キロ以上手前が終点となりますので、遭難地点付近に携帯の基地局がないのは歴然としています。砂浜はあるにはあります。
◆【4/25追記】アマチュア無線を聞いた別の船会社が海保に連絡、その後、遭難船が携帯で救助を求めたということですので、必ずしも圏外ではないようです。
2020年と2021年の観測値
アメダス宇登呂の2020年と2021年の観測値は次のとおりです。最低気温はそこまで下がりませんが、年較差は50℃前後です。年平均風速が1.4m/sですので、9時台や10時台の風速の数値だけでは欠航の判断はできないものと思われます(波とその後の予報を加味して判断することになるはずです)。
年降水量 | 996.5ミリ | 1160位 | /1293地点 |
年平均気温 | 7.0℃ | 841位 | /922地点 |
年最高気温 | 35.3℃ | 529位 | /922地点 |
年最低気温 | -14.4℃ | 751位 | /922地点 |
年較差 | 49.7℃ | 139位 | /922地点 |
年平均風速 | 1.4m/s | 743位 | /921地点 |
年日照時間 | 1470.8時間 | 715位 | /841地点 |
年降水量 | 1380.5ミリ | 963位 | /1293地点 |
年平均気温 | 7.5℃ | 823位 | /921地点 |
年最高気温 | 34.2℃ | 636位 | /921地点 |
年最低気温 | -15.8℃ | 749位 | /921地点 |
年較差 | 50.0℃ | 171位 | /921地点 |
年平均風速 | 1.4m/s | 763位 | /920地点 |
月平均気温の平年値(1991-2020)は次のとおりです。
流氷ツアーなら防寒対策万全で2月下旬か3月上旬でしょうが、その目的がないならやはり6月~9月のほうが無難なようです。宇登呂では最大瞬間風速35m/s以上が過去3回あって、いずれも3月と4月に観測されているというのも気になるといえば気になります。
3つの疑問(4/26追記)
私ならこの季節に乗ろうとは思いませんが、評判のよろしくない会社のようです。こうした観光船はリピーターが多いとも思えませんし、乗り比べする人もまずいないでしょう。クチコミでは判断できないだろうと思われます。25日現在で身元特定は11人中3人というのが痛ましいところです。
強風注意報が3:09、波浪注意報が9:42、宇登呂港で波の高さが1mを超えたのは正午過ぎということです。10時出発ですので「行きは良い良い 帰りは怖い」状態だったものと思われます。私が関心のある疑問は次の3つです。
(1)遅くとも正午過ぎには何らかのトラブルが発生したはずです。13時に戻る予定なら、間に合いそうにないことが確定的になった時点で連絡を入れるのが普通の社会人です。13時10分台以前の連絡の内容が知りたいのは私だけではないはずです。118番通報が無線を聞いた別の船会社からというのも「なんだかなあ」です。
◆【4/27追記】1月に壊れたらしい無線アンテナがそのままだったようです(当日朝に修理依頼)が、3時間コースなら途中で定時連絡があるはずです。13時10分台以前の連絡が皆無ということはちょっと考えにくい話です。
◆【4/28追記】業者に修理を発注したのは事故当日の朝ということですが、4/27時点でまだ修理は完了していません。どこの電気屋さんに依頼して、いつ修理に来る手はずだったのか、あれだけ大勢の記者がいるならそこは突っ込むべきです。また、「強風注意報と波浪注意報を把握していたのか」という記者の質問に社長は「YES」で答えていますが、波浪注意報が出たのは出航直前です。「条件付き運航」を決めた時点では出ていない注意報を把握できるはずがありませんので、「YES」は虚偽か勘違いです。
◆【4/29追記】アンテナ修理の依頼を受けた業者は付き合いがないことを理由に断ったと報道されています。船長は定時連絡や異常発生の連絡を試みたのでしょうが、事務所側では受信することができず、結果として交信は空振りに終わったのでしょう。13時10分台の交信は、帰って来ないことを心配した他社から呼びかけたもののようです。交信手段がない状態で出航したことになります。
(2)空白地帯というのは承知していますが、もう少し早く海保が救助に行けなかったのか、哨戒中のヘリが機材を取りに根室に戻ったという報道もあります。結果的には船体が見つかっていませんので、先に現場に行って後続の応援を待つ対応もあったのかもしれません。沈没しても役に立つのなら、外洋航行の観光船にもAISを義務付けたほうがいいのではないかと思われます。
◆【4/27追記】ヘリが根室に戻ったのは給油の事情があったようです。いずれにせよ、海保が現場水域に到着したのは(沈没なら)もはや生存救助が困難な時間帯です。「地の果て」と称される地理的要因が人的被害を大きくしたのは否定できません。観光船はおおむね海保の近くで運行されますが、水難事故では漁船が活躍します。結局は漁船が引き揚げるタイミングで出航してしまったのがミスジャッジということになりそうです。
(3)本当に携帯がつながるのなら、乗客の誰かが電話なりメールなりするのが自然です。まったく出てこないのは不思議です。
◆【4/27追記】乗客からの家族への「今までありがとう」の電話はあったそうです。
◆【4/29追記】船長から海保への携帯での連絡は1回きりということですので、やはり実質的には圏外だったものと推測されます。
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