広島と高知の「かしょうばら」

東広島市の「柏原」は「かしょうばら」と読むようです。東広島市は1974年に西条町など4町の合併で発足し、2005年に周辺5町を編入しています。「かしょうばら」は東広島市西条町郷曽にあります。

奈良時代に安芸国の国府や国分寺が置かれたのが旧・西条町です。もし、西条町が海に面していて水運の利があれば、今頃は広島市が西西条市を名乗っていたのかもしれません。

「かしょう」に「柏」の字を当てたのだとすれば、なかなか思い切った発想ですが、もともと柏の木が並んでいたという話もあり、用水路や溜池の造成など新田開発が進んだのは19世紀初頭ということです。

「かしょうばら」の東隣は三升原(さんじょうばら)です。本来は漢字3文字の「(カ)升原」で表されていたのが、いつの間にか「柏原」に置き換えられてしまった可能性もあります。

西条町と佐川町の「かしょうばら」 (Google Earthプロ)

マーカーを置いた稲生神社が西条町の「柏原」です。「かしょうばら」の読みは、東広島市のWebサイトにも記されています。唯一無二とも思われる珍しい読みの「かしょうばら」は、瀬戸内海と四国山脈を越えて高知にもあるのです。

下のマーカーの柏原遺跡は佐川町丙(さかわちょう・へい)にあります。県央部です。あいにく高知県文化財地図情報システムには読み方は掲載されていませんでしたが、これほどイレギュラーな読みがかぶるのはどういうことなのでしょう。

同じ理屈でかぶったのか、十津川村と新十津川町のようにコピーの結果なのか、はたまたたまたま偶然なのか、きわめて興味深い話です。縄文遺跡があるくらいですから入植によるコピーではありません。

佐川町の「かしょうばら」の2kmほど南には「上伏尾」という地名があります。素直に読めば「かみふしお」ですが、実際の読みは「かみふしょう」です。「しお」が「しょう」に転じています(「しょう」に「しお」を当てています)。

この法則に従うと「かしおばら」=「かしょうばら」となります。「柏原」を「かしょうばら」と読むのは違和感ありまくりですが、「柏尾原」あるいは「樫尾原」を「かしょうばら」と読むのはすんなり受け入れられます。

この「かしょうばら」について、これほど食い付いたのは少なくともネット上では私が初めてです。前にも紹介した個人ブログでは、佐川町は「かしょうばら」ですが、西条町は「かしわばら」になっています。

ジャパンナレッジでは中国・四国地方のくくりで「かしょうばら」が1件とされ、どちらなのか特定できません。佐川町の柏原は角川日本地名大辞典では「かしわばら」ですが、ネット地図では例外なく「かしょうばら」です。

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