四万十市の江川崎、四万十町の窪川

渡川(わたりがわ)が四万十川に改称されたのは橋本大二郎知事時代の1994年です。知事は県庁内に四万十川流域振興室を開設してブームを行政側から後押ししました。もともとのきっかけは1983年9月に初回放映されたNHK特集「土佐・四万十川 清流と魚と人と」です。

四万十川に「日本最後の清流」との金看板を与えたこの番組は10回以上再放送されています。全国的知名度を得た四万十川ですが、そのせいか高知県には四万十市と四万十町があります(土佐市と土佐町も併存しています)。

  • 四万十市~2005年4月に中村市と西土佐村が合併
    (人口:32,978人、対前年:-407人)
  • 黒潮町~2006年3月に佐賀町と大方町が合併
    (人口:10,416人、対前年:-104人)
  • 四万十町~2006年3月に窪川町、大正町、十和村が合併
    (人口:16,032人、対前年:-401人)

人口は2019年10月の数字です。もともとは4自治体で合併協議会が開かれましたが、佐賀町の住民投票は賛成1,253票に対して反対1,272票(投票率73.6%)の21票差、大方(おおがた)町の住民アンケートは賛成2,441人に対して反対2.557人(回収率70.1%)の116票差で、両町は4市町村合併から離脱しています。中村市の財政状況が懸念材料だったようです。

市と村の合併で、市の名前に固執しなかった寛大さにはそういう背景もあったのでしょう。佐賀町と大方町は2町合併で黒潮町になっています。黒潮町と同日に発足したのが四万十町です。

四万十川周辺のアメダス
四万十川周辺(地理院タイル

四万十市も四万十町も四万十川の流域ではありますが、あとから発足した四万十町がせめて上四万十町と称していたら、こんな(↓)道路案内板にはならなかったに違いありません。2014年2月撮影のストビューです

「四万十市(旧中村)」はビス?止めされています。反対車線は「四万十町(旧窪川)」の案内板です。ちなみに、県立大正高校が四万十高校に改称したのは1999年です。

地図上のマーカーは、四万十川下流がアメダス中村、中流がアメダス江川崎、四万十町がアメダス窪川、黒潮町がアメダス佐賀です。中村の観測地点は両隣が民家で裏は畑です。ブロック塀に囲われていることから、おそらくは民家跡と思われます。1976年観測開始です。8/13は37.9℃、8/14は39.8℃、8/15は39.7℃で3日連続全国1位、8/16は39.0℃で全国8位タイでした。

旧西土佐村の江川崎(えかわさき)は、8/13が37.3℃で全国5位タイ、8/14が38.4℃で全国3位タイ、8/16は39.4℃で全国4位でした。2013年8月12日には当時の歴代日本一となる41.0℃を観測しています。4日連続40℃台の3日目です。その際に問題視されたのが立地でした。2015年の衛星写真です。

アメダス江川崎

中央の長方形区画が観測地点です。Google Mapでも「江川崎地域気象観測所」の名称で掲載されています。中学校の敷地内ですが、わざわざアスファルト駐車場に隣接して露場を設けなくてもいいのにという思いはあります。敷地の南側にはより適切そうな緑地帯もあります。最高気温に関しては高い数値が出やすい環境にあると言えそうです。江川崎は1977年の観測開始です。

四万十町窪川の観測地点は、四万十川支流との合流地点にあります。デッドスペースの有効活用です。合流地点ですから洪水のおそれはありそうですが、とくに嵩上げはされていないものと思われます。今年の1月27日は降水量が全国1位でした。窪川の観測開始も1977年です。

アメダス窪川

黒潮町の佐賀は7月31日に36.3℃で全国1位でした。伊与木川沿いの公共施設の敷地内です。この施設にも当たり前のようにアスファルト駐車場がありますが、露場が設置されているのは緑地帯です。佐賀は窪川と同日の観測開始で、風速計の高さも同じ6.5mです。

コメント

タイトルとURLをコピーしました