天神橋七丁目商店街振興組合の法人登記は閉鎖済み

天神橋7丁目には4つの商店会・商店街があったものと思われます。ピンクは街灯が撤去されている天神橋七丁目北商店会、緑が天神橋七丁目中商店会、青は「天七商店街」の街灯を掲げる天七商店会、赤は2019年9月に法人登記が閉鎖された天神橋七丁目商店街振興組合です。

天神橋7丁目の商店会
天神橋7丁目の商店会(地理院タイルを加工)

青と赤の区間では道路の舗装が異なりますし、街灯も別の種類です。天神橋7丁目の商店会で唯一法人格を有していた「天神橋七丁目商店街振興組合」は、赤線の7丁目2番街区のみと思われます。今でも北側と西側にアーケードが残っていますが、かつては南側にもアーケードがありました。

埋め込んだのは2009年11月撮影のストビューです。天六交差点から7丁目2版街区の南側と西側を見たものです。奥に見える茶色の建物は阪急天六ビルです。このビルは阪急千里線が地下化される1969年までは駅ビルでした。

旧駅ビルは1926年の竣工ですが、1925年開業当時の駅名は新京阪急行「天神橋駅」です。

2013年9月撮影のストビューでは、旧駅ビルの跡地にタワーマンションが建ち、交差点の角のアーケードは取り除かれてマツモトキヨシやジャンカラが入居する商業ビルに変わっています。この北区天神橋7丁目は1977年まで大淀区天神橋6丁目です。

天六交差点の北側となる現・天神橋7丁目に「天六」を称する店舗や建物が多いのは、単に天六にブランドを感じてそうなったのではなく、実際にかつて天神橋筋6丁目だったという歴史もあります。

振興組合のアーケード
振興組合のアーケード(地理院タイルを加工)

7丁目2番街区に残っているアーケードは赤線部分です。赤のマーカーを置いた北東角のストビューは2016年4月撮影のものです。

「まいどっ!」の看板の裏側は「ほなっ!」です。振興組合の商店街は、北から来るとここが始まりで、南から来るとここで終わりということになります。商店街を振興組合化するには30事業所必要なはずですが、間口の狭い店舗も多く、2番街区だけでも条件を満たしていたものと思われます。

左の水色の看板には「てんひち(振)」とありますが、この看板の街灯は2番街区以外には見当たりません。「天七」は「てんなな」ではなく「てんしち」と読むようです。

大阪市商店会総連盟のWebサイトには、任意団体の「大淀天六商店会」が掲載されており、その本部所在地は天神橋7丁目2番街区です。ひょっとすると、振興組合解散後の受け皿なのかもしれません。ただ、看板に「てんひち」を掲げながら、団体名称が「大淀天六」なのは一貫性を欠くことになります。

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