サイト名を「あなぐる(仮)」に変更

サイト名を「あなぐる(仮)」とします。7/27にすべてのページを削除してリスタートし、8/12に「セットポジション(仮)」としたわけですが、私の中での方向性も定まってきましたので、9月を迎えたのを機会に変更しておきます。

横文字や漢語ではなく和語を用いたいという意向が私にはあります。「あなぐる」を軸に、「もとめあなぐる」、「あなぐってみた」、「あなぐり集む」、「軽くあなぐる」などアレンジしましたが、やはりシンプルな「あなぐる」に勝てません。

「ぐる」で終わると、Googleさんへのリスペクトにもなります。「あなぐる」に副題を添える形で、今後さらに検討を重ねたいと考えます。本編の展開がもう少し進めば、自ずと固まってきそうです。

「タモリ倶楽部」的な世界に入り込んで行きそうですから「○○倶楽部」も考えましたが、和語ではありません。何らかの形で「願わくば」を使いたい気持ちもありますが、「願わくは」が正しいと言われそうです。

「山のあなた」は上田敏の印象が強すぎて埋もれてしまいそうです。古語であり、あまり手垢がついていない「あなぐる」は使いやすいかもしれません。副題で「地図」や「地理」的な要素を加えたい気もします。

今後しばらく、毎月1日を新サイト名検討委員会の日とします。なお、前回(8/9)の候補は、次の3つでした。

  1. 「セットポジション」または「set position」のアナグラム
  2. 「にわたずみ」
  3. 「東風吹かば」

アナグラムの組み合わせは限られており、おそらく成立しないものと思われます。まあ、アナグラムから「あなぐる」を思いついたわけですので、出発点としては正解だったと言えるのかもしれません。

初代「准ウラ優勝校」は札幌師範

有安杏果のコマネチ・バンジーをフルで見たくて今年6月にAmazonで購入したのが、ももクロChanのブルーレイ「決戦は金曜ごご6時 第3集 跳べ!小さな緑の大巨人の巻」でした。

バンジーは特典映像ですが、本編にはももクロ6人時代の「羽子板選手権」が収録されています。TV放映は2011年でしょうが、羽子板選手権のトーナメントは次のような意外な結果でした。

このケース、優勝した有安に負けたのが百田で、準決勝で百田に負けたのは高城ですから、ウラ優勝は高城です。ただし、玉井の立場はどうなる?という疑問が生じてくるはずです。

高城と玉井は等しく百田に負けており、同じように1勝もしていません。この場合、玉井もウラ優勝に準ずるポジションにあります。もともと「ウラ優勝校」をネットに投げたのは私です。私にはいわば製造者責任があるわけです。

気にしていたことです。やり残した感を解消しなければなりません。というわけで、黄色の立場にあるチームを「准ウラ優勝校」とします。

「ウラ優勝校」が1回戦不戦勝であり、「ウラ優勝校」に2回戦で勝ったチームが1回戦を戦っている場合には、そのチームに1回戦で敗れたチームが「准ウラ優勝校」です。

この「准ウラ優勝校」は、全国大会で生じる場合と地方予選で生じる場合があります。1921年第7回大会の全国大会におけるウラ優勝校は長岡中です。

  • 和歌山中16-4京都一商14-4大連商16-7岡山一中19-7長岡中

第7回大会は17校出場ですから1回戦が1試合だけあります。長岡中は2回戦が初戦ですが、岡山一中は1回戦で函館中に勝っています。つまり、准ウラ優勝校の権利が函館中の先に生じているわけです。北海道大会を辿ってみました。

  • 函館中7-2函館商8-2小樽商(棄権)函館師範(棄権)札幌師範

札幌師範が准ウラ優勝校となります。札幌師範は北海道教育大学の前身の1つです。1921年当時の札幌師範学校がどこにあったのか、特定することはできませんでした。

Wikipediaの「北海道第一師範学校」のページには、次のような記載があります(2017/09/01現在)。

1894年(明治27年)9月1日 – 南1条西15丁目に新校舎が完成し、移転を完了。

残念ながら、これ以上の特定はできませんでした。五十年史が出版されているようですから、特定不能というわけではないはずです。特定することに実益があるかどうかは別の問題かもしれません。

学校ですから一定規模の敷地を必要とします。札幌逓信診療所(→NTT東日本札幌病院)が南1条西15丁目に移転したのは1931年ということです。