初代「准ウラ優勝校」は札幌師範

有安杏果のコマネチ・バンジーをフルで見たくて今年6月にAmazonで購入したのが、ももクロChanのブルーレイ「決戦は金曜ごご6時 第3集 跳べ!小さな緑の大巨人の巻」でした。

バンジーは特典映像ですが、本編にはももクロ6人時代の「羽子板選手権」が収録されています。TV放映は2011年でしょうが、羽子板選手権のトーナメントは次のような意外な結果でした。

このケース、優勝した有安に負けたのが百田で、準決勝で百田に負けたのは高城ですから、ウラ優勝は高城です。ただし、玉井の立場はどうなる?という疑問が生じてくるはずです。

高城と玉井は等しく百田に負けており、同じように1勝もしていません。この場合、玉井もウラ優勝に準ずるポジションにあります。もともと「ウラ優勝校」をネットに投げたのは私です。私にはいわば製造者責任があるわけです。

気にしていたことです。やり残した感を解消しなければなりません。というわけで、黄色の立場にあるチームを「准ウラ優勝校」とします。

「ウラ優勝校」が1回戦不戦勝であり、「ウラ優勝校」に2回戦で勝ったチームが1回戦を戦っている場合には、そのチームに1回戦で敗れたチームが「准ウラ優勝校」です。

この「准ウラ優勝校」は、全国大会で生じる場合と地方予選で生じる場合があります。1921年第7回大会の全国大会におけるウラ優勝校は長岡中です。

  • 和歌山中16-4京都一商14-4大連商16-7岡山一中19-7長岡中

第7回大会は17校出場ですから1回戦が1試合だけあります。長岡中は2回戦が初戦ですが、岡山一中は1回戦で函館中に勝っています。つまり、准ウラ優勝校の権利が函館中の先に生じているわけです。北海道大会を辿ってみました。

  • 函館中7-2函館商8-2小樽商(棄権)函館師範(棄権)札幌師範

札幌師範が准ウラ優勝校となります。札幌師範は北海道教育大学の前身の1つです。1921年当時の札幌師範学校がどこにあったのか、特定することはできませんでした。

Wikipediaの「北海道第一師範学校」のページには、次のような記載があります(2017/09/01現在)。

1894年(明治27年)9月1日 – 南1条西15丁目に新校舎が完成し、移転を完了。

残念ながら、これ以上の特定はできませんでした。五十年史が出版されているようですから、特定不能というわけではないはずです。特定することに実益があるかどうかは別の問題かもしれません。

学校ですから一定規模の敷地を必要とします。札幌逓信診療所(→NTT東日本札幌病院)が南1条西15丁目に移転したのは1931年ということです。

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