「しょう」の音を残して校名変更した商業高校

SYOU

商業高校が校名上で非商業高校となるに際して、略称を用いることで「商」の字を残すパターンは松商学園や大体大浪商が有名です。近年の流行りは「翔」への置き換えですが、「しょう」の音だけを残すパターンの魁となったのは北照高校です。

「商業」を外したいという目論見と、痕跡は残したいという思惑のマッチングが絶妙です。70年前のセンスに敬服するしかありませんが、数十年後にこの顰に倣った改称が相次ぐことになるという予感はなかったのかもしれません。

「商」
松本商業学校1948→松学園高等学校
浪華商業高等学校1595→浪高等学校(→大阪体育大学浪商高等学校)
鶴岡商業高等学校1977→鶴学園高等学校(→鶴岡東高等学校)
大阪商業高等学校1990→大学園高等学校
「照」
北海商業学校1948→北高等学校
「松」
佐野商業高等学校1994→佐野陽高等学校(→佐野桜高等学校)
米子商業高等学校2001→米子蔭高等学校
市→県能代市立商業高等学校2013→秋田県立能代陽高等学校

私立の倉敷翠高校は1973年に片山女子高等学校から改称していますが、戦前に「片山女子商業学校」の時代があるようです。

「翔」

あまりに定型化してしまったせいか、とくに必然性はないと思われる「館」をつける新設校もあります。

藤沢商業高等学校1998→藤沢陵高等学校
彦根商業高等学校1998→彦根陽高等学校(→彦根西館高等学校)
福岡商業高等学校2000→福高等学校
浦和商業高等学校2005→戸田陽高等学校
門司商業高等学校2005→門司大館高等学校
有馬商業高等学校2005→島原南高等学校
室蘭商業高等学校2006→室蘭東高等学校
士別商業高等学校2007→士別雲高等学校
新宮商業高等学校2007→新高等学校
市→県別府商業高等学校2015→別府青高等学校

かつての商業高校がワンクッション置いて「翔」に収まるパターンもあります。

広島女子商業高等学校→→広島女子商学園高等学校2008→広島洋高等学校
湯沢商業高等学校→湯沢商工高等学校2011→湯沢北高等学校
大阪女子商業高等学校→大阪女子高等学校2014→あべの学高等学校

私立の京都英高校は1994年の開校当時は商業科を設置していましたが、1999年に商業科を閉科しています。もともと少林寺系のようですので、「翔」にはそちらへの義理もあるのかもしれません。

沖縄県立宮古水産高校は宮古島高校から商業科が移設された1992年に沖縄県立南高校に改称しましたが、2008年の宮古農林高校との統合で宮古総合実業高校に改称しています。

SYOUYOU

佐野松陽、彦根翔陽、戸田翔陽、広島翔洋、能代松陽という具合に「SYOUGYOU」から「G」を抜いただけの「しょうよう」高校が目につきます。同じ「SYOUYOU」とはいえ、商業とは関係のない例も多くあります。

「SYOUYOU」の先駆は、兵庫県高砂市の県立松陽高校(1949年改称)かと思われます。高砂は松の枕詞です。神奈川、鹿児島、茨城、岐阜、秋田にも県立の松陽高校がありますが、商業高校の後身校は能代のみです(佐野は再改称)。

東海大翔洋は東海大一と東海大工の統合であり、前身校に商業高校は含まれていません。また、茨城の翔洋学園高校は通信制であり、元商業高校ではありません。愛知県立知多翔洋高校は2007年の知多高校と知多東高校との統合、北海道の厚岸翔洋高校は2009年の厚岸水産高校と厚岸潮見高校との統合です。

熊本県立翔陽高校は1996年に大津産業高校から改称、北海道の石狩翔陽高校は2001年の総合学科転換を機に石狩高校からの改称、都立翔陽高校は2005年開校です。島根県立益田翔陽高校は益田産業高校と益田工業高校の統合による2006年の校名変更です。

福島県立双葉翔陽高校は統合と総合学科転換に伴い1997年に改称しましたが、震災の影響もあり休校から閉校となり、ふたば未来学園高校に再編統合されています。元は双葉商ですので、商業高校が「翔」を名乗った最初のケースとなります。

ちなみに、作中に翔陽高校が登場するスラムダンクの連載開始は1990年です。

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