宝運丸の関空連絡橋衝突-2018年台風21号(第2稿)

2018年9月4日の台風21号による宝運丸の関空連絡橋衝突事故について、2019年1月15日付で「宝運丸の関空連絡橋衝突」と題して投稿していました。これに対して興味深いコメントを頂戴しましたので、3周年を機会に全面的に書き改めました。

2018年の国内最大瞬間風速

2018年台風21号は「徳島県南部」に上陸し、淡路島を経て神戸に再上陸し若狭湾に抜けました。気象庁「台風第21号による暴風・高潮等」(頁末外部リンク1)台風位置表の4日3時~18時の緯度経度を地理院地図に落とし込んでみました。

台風21号の進路
台風21号の進路(地理院タイルを加工)

2018年最大瞬間風速のアメダス最大値は、9月4日13時38分に関空島で観測された58.1m/sです。ジェット燃料輸送船「宝雲丸」が走錨の末、関西空港連絡橋に衝突したのは運輸安全委員会の事故報告書(頁末外部リンク2)によれば13時40分ごろとされていますので、ほぼ同時刻です。

東京、名古屋、大阪は南西側に海が開けているという共通点があります(広島も)。不幸にも台風は北東に向かうことが多く、房総半島や紀伊半島や四国の天然ブロック機能が働かないコースを辿ることがあります。

前々日の9月2日6時から上陸目前の4日11時までの進路予報図を調べてみました。若干のブレはありますが、台風はほぼ予報どおりのコースを進みました。

2日06時室戸岬の東を通過、関空島を直撃、能登半島に再上陸
2日15時室戸岬の西に上陸、淡路島を通過、能登半島の西
3日12時室戸岬の西に上陸、淡路島の西をかすめる、能登半島の西
3日21時室戸岬の東を通過、関空島を直撃、能登半島に再上陸
4日05時室戸岬の東を通過、淡路島を通過、能登半島をかすめる
4日11時(室戸岬の東)、淡路島を通過、能登半島をかすめる
▲進路予報の推移

陸の対応

京阪神にとっての最悪のコースは、台風が室戸岬に上陸せず蒲生田岬と淡路島東岸をかすめて神戸に上陸し北北西に向かうケース(赤)です。これが満潮に重なるようなら大規模な被害が生じる懸念があります。

最悪のコース
最悪のコース(地理院タイルを加工)

台風は進路の右側で風が強く、上陸すればその勢力が弱まることが知られています。京阪神にとっては、紀伊半島の上陸する台風(紫)は左半円に入りますので、なんとかやり過ごせる範囲です。台風が室戸岬の西に上陸して剣山(茶マーカー)越えを挑んでくれるなら(青)、右半円ながら勢力は減殺されます。

JR西日本は3日正午前に翌4日午前10時をメドにした計画運休をリリースし、京阪神の主要な商業施設も3日のうちに4日の終日休業を発表しています。この時点では予想進路図の中心線は室戸岬上陸のコースでした。

公立学校の休校やUSJの休業も前日のうちに決まっていました。出勤したところで帰りの足が確保されていませんので、不要不急の外出を控えるように自宅待機とした一般企業も多く、大阪都心部の4日の昼間人口は1週間前の6割減だったとも報道されています(頁末外部リンク3)。

220万戸にも及ぶ停電被害にくらべて、人的被害が死者13名にとどまったのは、強い警戒感の帰結だったのかもしれません。車を立体駐車場に預けたり、ベランダのものはすべて仕舞い込んだという話も報じられています。

進行方向右の危険半円

下の白地図のマーカーは徳島、香川、兵庫、大阪、京都、福井、滋賀、奈良、和歌山、三重の10府県アメダス観測地点です。赤で示したのは2018年9月4日の日最大瞬間風速が観測史上1位だった観測所、紫は2~10位、緑は11位以下です。

10府県の風速
10府県の風速(地理院タイルを加工)

2018年台風21号は間宮海峡付近で温帯低気圧に変わるまで、台風の勢力を維持しながら東北・北海道の日本海沿いを北上しました。観測史上1位は100地点に及びますが、家島以外はコース上か台風の右側でした。上陸した4日12時の暴風域は南東に190キロで、北西に90キロでした。

台風21号は淡路島を通過しましたので、アメダス関空島は進行方向右側です。関空島では前日9月3日の最大瞬間風速は9.3m/sでした。9月4日当日は朝7時50分まで5.1m/sが最大瞬間風速です。とりわけ未明の3時10分から4時10分までの時間帯は1.5m/sしかありません。午前9時台にようやく最大瞬間風速が10m/sを超えますが、これは関空島では平常値の範囲内です。

11時20分に初めて最大瞬間風速が20m/sに達し、12時40分に30m/sを超えています。最大瞬間風速30m/sは労働安全法上の「暴風」に該当します。点検・補修などの例外を除いて屋外作業は原則NGです。大阪では4日早朝に暴風警報が発表されています。

関空島の風速の推移
▲10分ごとの最大瞬間風速

13時20分以降の10分ごとの最大瞬間風速は、40.1m/s、52.5m/s、58.1m/s、57.1m/sと推移しています。午前中は主に東北東の風でしたが、台風が淡路島を通過し関空島に最接近すると風向きが変わります。13時30分から14時にかけては南南西の風です。

時系列

運輸安全委員会の事故報告書によれば、宝運丸は3日13:30頃に泉州沖で停泊を始めたということです。前稿では「3日にジェット燃料を降ろして、4日は高石の製油所で積み込みの予定だったそうです」と記述していましたので、訂正します。4日の積み込みは5日に延期されています。

高石と関空島

高石は堺市浜寺地区の南に隣接する小さな市で、市域の約半分を占める埋立地にはタンクが林立しています。市としては小さいほうから全国13番目の面積です。2003年に行われた堺市との合併をめぐる住民投票では、反対74.3%、やむを得ない7.6%、賛成18.1%でした。

事故報告書に基づく時系列は次のとおりです。

国土交通省 運輸安全委員会>油タンカー宝運丸 衝突(橋梁)事故

事故報告書によれば

この事故報告書を読むと、思わず「えっ!」と叫びたくなる点が2つあります。

④ 船長は、錨地を選定する際、3日12時00分ごろの気象情報を参考にしていた。
⑤ 船長は、台風第21号が本件錨地の東側を通過すると思っており、また、台風の進行速度が速く、長時間にわたって強い風が吹くことはないと思っていたので、本件錨地において台風避難することに関して危険を感じていなかった。

国土交通省 運輸安全委員会>船舶事故調査報告書 25ページ

前日の停泊の時点では最新情報に基づいて停泊箇所を選んでいるわけですが、セルフジャッジで台風は停泊箇所の東側を通過すると判断していたようです。その後は進路予報をアップデートすることはなかったものと推測されます。

朝5時の段階では淡路島通過の予報進路ですので、停泊箇所は右側の危険半円に入ります。セルフジャッジ自体が悪いことだとは思いませんが、そのセルフジャッジは結果として間違っていただけでなく、前日夜あるいは当日朝の時点でも修正することができたわけです。

2点目は、船舶所有者が避難の状況を把握していないばかりか、報告さえ求めていなかったということです。現場任せはともかく、法人としての危機管理上せめて報告を求めておくのが一般的かと思う次第です。

(2) A社は、ふだんから船長の判断を尊重しており、船長から特段の連絡がない限り、台風避難等を行う際に避難場所を指示したり、報告を求めることはしていなかったので、本事故当時、本船が本件錨地に錨泊していることを知らなかった。
(3) A社は、本船に気象情報を十分に入手し得るパソコン等の器材を備えており、現場に近い本船で情報を入手した方が確実であると考え、気象情報を提供する体制をとっていなかった。

国土交通省 運輸安全委員会>船舶事故調査報告書 26ページ

A社は宝運丸を所有する会社です。B社が実際の運行会社です。B社は水島港に避難した船があることを宝運丸に伝えているようです。

② B社は、本船が本件錨地で台風避難することを聞いた際、参考情報として和歌山下津港に停泊していた船舶が岡山県倉敷市水島港に避難することを伝えていた。
③ B社は、本船が本件錨地に投錨し、台風避難する旨の連絡を受けた際、錨泊方法については船長の判断を尊重していたので、錨泊方法を確認していなかった。
④ B社は、気象情報会社から台風第21号の情報を入手し、社内には周知していたものの、船長が独自に台風情報を入手しているので、運航する船舶に対しては台風情報を提供していなかった。
⑤ B社は、本船に対して輸送に関する指示及び運航支援を行っており、運航計画等の具体的な実務に関しては関与していなかった。

国土交通省 運輸安全委員会>船舶事故調査報告書 29-30ページ

下津港と水島港の位置関係は次のとおりです。水島なら暴風域から外れているはずです。至極まっとうな判断だと思われます。動かせない建物ではなく、船は動けるのですから少しでも安全な場所に避難すべきでしょう。

下津港と水島港
下津港と水島港(地理院タイルを加工)

もともと前稿は、A社の社長が「台風を想定した、できうる限りの対応をしていた」(頁末外部リンク4)と発言しており、船員の立場からこの主張を擁護する意見もありましたので、強い違和感を感じて書いたものです。

当事者の場合、損害賠償の可能性があり海難審判を控えていたのですから、その意味では当然の発言かもしれませんが、台風21号は早くから「今年最強」とアナウンスされていました。そもそもそこに居なければ「想定外」も「不可抗力」も避けられたわけです。

【外部リンク】
■(1)気象庁>台風第21号による暴風・高潮等
■(2)国土交通省 運輸安全委員会>船舶事故調査報告書 (2019/04)
■(3)日本経済新聞>台風21号直撃時 大阪都心の昼間人口6割減(2018/09)
■(4)日経ビジネス>関空連絡橋に衝突「船長は最善を尽くした」(2018/12)
■ NETIB-NEWS>【社長インタビュー】台風21号で関空連絡橋に激突した「宝運丸」船主~「閉じ込めの原因になった」と謝罪(前)(2018/10)
■  NETIB-NEWS>宝運丸元船長を不起訴~関空連絡橋衝突事故(2019/12)
■ ライトハウスパートナーズ>関空連絡橋衝突事件の裁決ついて(2020/07)
■ ライ麦畑で倒れ伏す>関空連絡橋に衝突した「宝運丸」船主、清水 満雄氏の弁明は船員から見れば妥当なものだ(2018/12)
■ 気象庁>過去の気象データ検索>関空島 2018年9月4日(10分ごとの値)
■ ウェザーニュース>台風21号 非常に強い勢力で、まもなく四国か近畿に上陸へ
■ ウェザーニュース>9月4日、近畿地方に暴風や高潮をもたらした台風21号について

コメント

  1. 帆柱 より:

    参考までに2019年の関東を襲った台風では左半円にもかかわらず十数隻が走錨等の事故に至っております。
    B社の他船水島避難の口述は不思議に思います。大阪に台風が来るにもかかわらず、大阪→関空→大阪のスケジュールを組み、大阪に錨泊せざる状態を変更しなかった事が同報告書の勧告に繋がったと思います。走錨事故を予想したと理解するならば運航スケジュールを決める立場のB社が積地を大阪でなく水島に変更すべきだったと思います。

    • ワトソン君 より:

      ●東京湾を通過した台風15号のことと思われますが、せめて30キロ、できれば50キロ離れないと左半円の意味がありません。アクアラインの長さが15キロ程度ですので、あの台風で東京湾内には逃げ場がなかったものと思われます。30キロ左の小田原で走錨が認められたでしょうか。
      ●東京湾や駿河湾や鹿児島湾では、退路を塞ぐようなルートで北上する台風があります。その場合はもはや玉砕を覚悟するしかありません。大阪湾は退避が可能です。

      • 帆柱 より:

        ●小田原での走錨の有無は存じません。
        ●B社は何故、退避を指示しなかったのか疑問に思います。検討したけど却下されたのでしょうか。

        • ワトソン君 より:

          船長の判断を尊重したということなのでしょうね。

          • 帆柱 より:

            違うと思います。B社の水島避難推奨は船長に責任を押し付けるための虚偽の口述ではないでしょうか。私が船長なら喜んで水島避難しますし、この口述は事故当時、全く掲載されませんでした。B社の対応はモーリシャスや八戸の事故における運航会社の誠実な対応とかけ離れていると思います。国内タンカートップで指定海難関係人かつ運輸安全委員会の勧告対象であり賠償請求されてる当事者でありながら他人事感が甚だしく企業の社会的責任を果たしてないように思います。

  2. ワトソン君 より:

    バンジージャンプで、スペイン人のスタッフが英語で「No jump」と言ったのをオランダ人の客が「Now jump」と聞き違えて飛んでしまったという死亡事故がありました。伝達ミスが事故に直結するのはありがちなことですので、ヒアリングの内容はもう一方の当事者に必ずぶつけます。両者の主張が食い違うなら、食い違っている旨を明記するのが報告書です。

    • 帆柱 より:

      おっしゃる通り主張が食い違っている旨を明記するのが正しい報告書だと思います。しかしながら船長がB社の水島避難推奨を否定したにもかかわらず、運輸安全委員会・海難審判は無視したそうです。

      • ワトソン君 より:

        残念ながら、その件について私にはソースの確認ができません。それが真実だとすれば運輸安全委の怠慢ですね。民事は別ですが、最初から免責すれば妙な弁明を聞かなくてもいいわけです。

        • 帆柱 より:

          情報は確かなルートで入手してますので間違いなく真実です。同報告書は矛盾点等もあり、同じく怠慢だと思います。

  3. 帆柱 より:

    運輸安全委員会の矛盾点とは船体ポジションを維持するホバーをし続けた事により衝突したとしながら他のページでは全速前進したと真実を述べたり、実際より弱い風力想定で錨二つを使っても走錨したとする計算結果を自ら算出しながらこれを事故原因とした点があげられます。そもそも運輸安全委員会は断定表現が少なくほとんどが推論で事故再発防止を目的としているため記載が全て過失ではありません。
    気象情報をアップデートしてないと理解されているようですが走錨になれば真っ先に被害にあうのは自分達なのでそのような事は考えにくいと思います。
    海上保安庁が業務上過失往来危険の容疑で書類送検しましたが大阪地検は不起訴の判断を行ってます。

  4. 梅太郎 より:

    2021年9月8日の投稿でワトソン君は小田原で走錨がなかった旨、主張されてますが、そもそも同海域には観光船は数隻あるものの衝突した内航大型の船が寄港する港がないばかりか東京湾、大阪湾のように周りが陸で囲まれてないので避難場所としては不適切なので船がいません。従い、走錨がないのは当たり前だと思いますよ。

    • 沌惑村 より:

      「小田原で走錨がなかった」と主張しているのではなく、台風から「30キロ左」で走錨が起きたかどうかを「尋ねた」つもりですけど…。

  5. 梅太郎 より:

    ですから走錨はなかったと思いますよ。

  6. 梅太郎 より:

    失礼しました。もし小田原に船があったと仮定したら走錨が起きたかどうかという事ですね。台風の直径は300から500キロです。10数隻が走錨事故を起こした東京湾からわずか30キロしか離れてない事、陸に囲まれた湾ではないので比較的波が高く、それによる揺れで錨が抜けやすくなる事を考慮すると同じく走錨は起きたと思います。

    • 沌惑村 より:

      小田原漁港から東に30キロは江ノ島付近です。「30キロ左」とは台風起点です。2019年台風15号時の小田原の最大瞬間風速は24m/s台で、進路の左側ですから北北東の風です。

      • 梅太郎 より:

        鈍感でわからないんですけど、何がおっしゃりたいのかご教示ください。

        • 沌惑村 より:

          台風の左側は右より風が弱い→左でも走錨している→せめて30キロは離れろ、の流れで台風から30キロ左の小田原を出しただけです。20m/s台ならほぼ毎日、日本のどこかで吹いています。

  7. 梅太郎 より:

    運輸安全委員会のコメントは過失ではなく
    再発防止です。それをあたかも素人の方が過失のように装い誰でも閲覧できるこのような場所にアップするのは、やはり不適切かなと思います。

    • 沌惑村 より:

      装ったつもりはありませんけど…。
      事故が起きた以上、まったく過失がなかったという話にはなりません。

      • 梅太郎 より:

        海上保安部が取り調べを重ね、業務上過失往来危険の疑いで書類送検しましたが大阪地検は不起訴としています。過失が認められなかったわけです。
        再発防止が目的である運輸安全委員会の資料を元に当事者に精神的に苦痛を与えるような文章に置き換え公表する事は慎むべきだと思います。
        船橋の右半分は橋との衝突で崩壊している事から船長の避難指示が遅れていたら死者が出た可能性もあると推測されます。台風という自然災害の中、適時に指示を出し乗組員全員の命を救った事は評価されるべきだと思います。

      • 梅太郎 より:

        専門家である海上保安部が取り調べを重ね業務上過失往来危険で書類送検し、大阪地検は不起訴としています。過失を認めていません。自然災害による不可抗力と判断されたのではないでしょうか。
        船橋の右半分が崩壊しているので船長の避難指示が遅れていたら死者が出た可能性もあります。再発防止が目的の運輸安全委員会資料を曲解し過失と決めつけ非難するより乗組員を生還させた事を評価すべきだと思います。

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