行かずに命名、父島

今年の日最高気温1位の回数は、11月末現在で波照間47回、志多阿原44回、父島37回です。父島は12月3日で39回目の最高気温1位となり、まだ逆転の目がないわけでもありません。

父島列島と母島列島
父島列島と母島列島(Google Earthプロ)

父島列島は父島、兄島、弟島、孫島などで構成され、母島列島には母島、姉島、妹島、姪島などがあります。また、父島列島の北には聟島(むこじま)、嫁島、媒島(なこうどじま)などの聟島列島があります。

このうち有人島は父島と母島だけです。一般的には聟島列島、父島列島、母島列島の総称が小笠原諸島ということになるようです。父島の西130キロには噴火で増殖した西之島があります。

父島の南南西270キロに硫黄島、父島から東南東1200キロに南鳥島がありますが、 硫黄島に観測施設はなく、観測施設のある南鳥島はランキングの対象外とされています。母島では降水量のみの観測です。

埋め込んだのは2010年7月撮影のストビューです。父島の観測地点は島の北西部にある気象観測所です。

小笠原神社に祀られているのは、1593年(文禄2年)に小笠原諸島を発見したとされる小笠原貞頼です。貞頼の子孫を称する小笠原貞任は、1727年(享保12年)に渡航と領有権を願い出たということです。

「父島」の名称はその際に文書に由来するようです。渡航は認められ、翌年に貞任の甥が出航しますが遭難して消息を絶ちます。貞任が再渡航を申し出た際に、奉行所は貞任が根拠としていた「巽無人島記」をフィクション認定します。

「巽無人島記」には亜熱帯の小笠原諸島にオットセイが生息するとの記述もあったようです。結局、命名者の貞任は実際に父島を訪れたことはなく、「巽無人島記」を読んで父島や母島と名付けたわけです。

当時は「無人島(ぶにんじま)」と呼ばれていたようですから、存在は確認されていたのでしょうが、幕府には開拓の意欲はなかったものと思われます。小笠原諸島が国際的に日本の領土として認められたのは1876年(明治9年)です。

投稿者: ワトソン君

【好きなTV番組】 探偵ナイトスクープ、水曜日のダウンタウン、ブラタモリ 【好きなプロレスラー】 鈴木みのる、下田美馬、旧姓広田さくら、菊タロー

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