行かずに命名、父島

2019年の日最高気温1位の回数は、11月末現在で波照間47回、志多阿原44回、父島37回です。父島は12月3日で39回目の最高気温1位となり、まだ逆転の目がないわけでもありません。

▲最終的に父島が逆転しました。→「最北端より北にある弁天島」

父島列島は父島、兄島、弟島、孫島などで構成され、母島列島には母島、姉島、妹島、姪島などがあります。また、父島列島の北には聟島(むこじま)、嫁島、媒島(なこうどじま)などの聟島列島があります。

小笠原諸島
小笠原諸島(地理院タイル

このうち有人島は父島と母島だけです。一般的には聟島列島、父島列島、母島列島の総称が小笠原諸島ということになるようです。父島の西130キロには噴火で増殖した西之島があります。

父島の南南西270キロに硫黄島、父島から東南東1200キロに南鳥島がありますが、 硫黄島に観測施設はなく、観測施設のある南鳥島はランキングの対象外とされています。母島では降水量のみの観測です。

埋め込んだのは2010年7月撮影のストビューです。父島の観測地点は島の北西部にある気象観測所です。

島の中央部にある小笠原神社に祀られているのは、1593年(文禄2年)に小笠原諸島を発見したとされる小笠原貞頼です。貞頼の子孫を称する小笠原貞任は、1727年(享保12年)に渡航と領有権を願い出たということです。

「父島」の名称はその際に文書に由来しているようです。渡航は認められ翌年に貞任の甥が出航しますが、遭難して消息を絶ちます。貞任が再渡航を申し出た際に、奉行所は貞任が根拠としていた「巽無人島記」をフィクション認定します。

「巽無人島記」には亜熱帯の小笠原諸島にオットセイが生息するとの記述もあったようです。結局、命名者の貞任は実際に父島を訪れたことはなく、「巽無人島記」を読んで父島や母島と名付けたわけです。

当時は「無人島(ぶにんじま)」と呼ばれていたようですから、存在は確認されていたのでしょうが、幕府には開拓の意欲はなかったものと思われます。小笠原諸島が国際的に日本の領土として認められたのは1876年(明治9年)です。

なお、父島には空港がありません。竹芝桟橋を11:00発の定期船「おがさわら丸」が父島に到着するのは翌日の11:00です。ピストン輸送となる繁忙期の場合、月曜日出航で4時間半以上滞在すると、「おがさわら丸」の往復を待たねばなりません。

3泊を余儀なくされ、東京に帰って来られるのは土曜日の15:30です。ノープランで気軽に行ける島ではありません。


【2020/01/31追記】

父島の観測開始は1968年8月です。1969年から昨年までの熱帯夜、夏日、真夏日の日数をグラフ化してみました。

父島の熱帯夜、夏日、真夏日

1969年から1989年までの21年間では年最低気温10℃未満が8回記録されていますが、1990年以降の30年間で年最低気温が10℃を下回ったのは1996年と2011年の2回だけです。

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