シーサイド、露場が波しぶきを浴びそうな父島気象観測所

日最高気温の年間最多勝

2019年の日最高気温1位の回数は、11月末現在で波照間47回、志多阿原44回、父島37回です。父島は12月3日で39回目の日最高気温1位となり、まだ逆転の目がないわけでもありません。

▲最終的に父島52回、波照間48回でした(↓)。2020年は波照間57回、父島48回です(志多阿原は廃止)。

父島気象観測所は海(湾内)が間近です。荒天時に雨量計が波をかぶらないのか心配になるほどの距離しかありません。標高は3mで、風向風速計は庁舎の屋上に設置されています。

父島気象観測所

2013年6月撮影のストビューを埋め込みました。左端に見える緑のポールの手前に雨量計や気温計が設置されています。

父島気象観測所

父島気象観測所の2020年の観測値は次のとおりです。緯度的に平均気温や最低気温が高いのは当然のことですが、最高気温はそれほど上がらないのは沖縄と同じです。これまで34℃台は2006年7月30日に観測されただけです。2020年の年較差(年最高気温と年最低気温の差)20.6℃は、全観測地点のうち南鳥島旧東(南大東空港)に次ぐ3位でした。

年降水量1521.0ミリ826位/1293地点
年平均気温24.2℃14位/922地点
年最高気温33.4℃728位/922地点
年最低気温12.8℃4位/922地点
年較差20.6℃920位/922地点
年平均風速3.1m/s187位/921地点
年日照時間2137.7時間89位/841地点
▲父島の2020年観測値

父島の観測開始は1968年8月です。1969年から2019年までの熱帯夜、夏日、真夏日の日数をグラフ化してみました。

父島の熱帯夜、夏日、真夏日

1969年から1989年までの21年間では年最低気温10℃未満が8回記録されていますが、1990年以降の30年間で年最低気温が10℃を下回ったのは1996年と2011年の2回だけです。

小笠原群島と小笠原諸島の違い

東京都に属する面積1km2の島は全部で25島あります。そのうち14島が「小笠原島」ですが、有人島は父島と母島だけです。

聟島列島聟島(むこじま)2.56km
聟島列島媒島(なこうどじま)1.37km
父島列島弟島5.20km
父島列島兄島7.88km
父島列島父島23.45km
母島列島母島19.88km
母島列島向島1.38km
母島列島姉島1.43km
母島列島妹島1.23km
(火山列島)西之島2.89km
火山列島北硫黄島5.56km
火山列島硫黄島23.73km
火山列島南硫黄島3.54km
南鳥島1.46km
▲国土地理院>島面積(P83-84)

父島列島は弟島、兄島、父島などで構成され、母島列島には母島、向島、姉島、妹島、姪島などがあります。また、父島列島の北には聟島、媒島、嫁島などの聟島列島があります。

父島列島と母島列島
父島列島と母島列島(地理院タイル

一般的には聟島列島、父島列島、母島列島の総称が「小笠原島」と呼ばれています。硫黄島などの3島は火山列島であり、小笠原群島には含まれません。父島の西130キロにある噴火で増殖した西之島については、火山列島に含まれるかどうか両論あるようです。地理院地図では火山列島です。

小笠原諸島
小笠原諸島(地理院タイル

南鳥島は南硫黄島とほぼ同緯度で、南硫黄島の1270キロ東になります。「小笠原島」というくくりでは、小笠原群島+火山列島(+西之島)+南鳥島が一般的なようです。

フィクションが現実に

父島の中央部にある小笠原神社に祀られているのは、1593年(文禄2年)に小笠原諸島を発見したとされる小笠原貞頼です。1727年(享保12年)、貞頼の子孫を称する小笠原貞任は貞頼の渡航記「巽無人島記」を添えて、幕府に対して小笠原諸島への渡航と領有権を願い出たということです。父島と母島の名称は、この「巽無人島記」に由来するもののようです。

東京から見ると父島はほぼ南になります。京都をベースに考えるなら父島は南南東です。方位としての「巽(辰巳)」とは南西です。南なら「午(うま)」ですし、南南東なら「未(ひつじ)」です。タイトルからして怪しいわけですが、幕府はそもそも存在自体を確認していないのですから真偽の判断はできません。

渡航は認められ翌年に貞任の甥が出航しますが、遭難して消息を絶ちます。貞任が再渡航を申し出た際に、奉行所は貞任が根拠としていた「巽無人島記」をフィクション認定します。「巽無人島記」には亜熱帯の小笠原諸島にオットセイが生息するとの記述もあったようです。

当時の江戸幕府には開拓の意欲はなかったようです。幕末にはハワイからの入植があり、ペリー提督も父島に寄ってから浦賀を訪れたようです。領有権は国際問題になります。日本の領土であることを主張するために、フィクション認定されたはずの「巽無人島記」が利用されます。

結局、この作戦は効を奏して、1876年(明治9年)に小笠原諸島は日本の領土として国際的に認められます。このため、貞任がでっち上げた?だけの「父島」も「母島」も、結果的にはオフィシャルなものになったわけです。

ところで、ごく一部の旅行サイトでは小笠原神社の創建が1593年!とされています。貞頼は上陸しただけでなく、自身を祀る神社まで建てていたことになります。そんな話は「巽無人島記」にも書いてないはずです。トラベルライターさんによってフィクションは連鎖していくものかもしれません。

なお、父島には空港がありません。竹芝桟橋11:00発の定期船「おがさわら丸」が父島に到着するのは翌日の11:00です。繁忙期の場合、月曜日出航で父島に4時間半以上滞在すると、「おがさわら丸」の往復を待たねばなりません。3泊を余儀なくされますので、東京に帰って来られるのは土曜日の15:30です。ノープランで気軽に行ける島ではありません。

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